「離婚してから自分が性格悪いことに気づいた」を読んで考えた正義感と曖昧さ

2026/09/13

仕事でも家でも、「なんで?」「どうして?」と畳みかけられたことはありませんか。

それとも、自分が「どうしても説明してほしい」と詰める側になって、あとから自己嫌悪になったことは? 

今週ネットで話題になった匿名ブログ

「離婚してから自分が性格悪いことに気づいた」

をじっくり読んで、ずっと心に引っかかっていたこと。

 

正義感を振りかざすことの怖さについて考えてみます。

 

きっかけは、いま話題の匿名ブログ

ある女性の体験談として書かれたこのブログ。

 

離婚してから自分が性格悪いことに気づいた 離婚してから、自分が思ってたより性格悪いことに気づいた。 結婚してたときは基本的に元夫が悪いと思ってた。今でも元夫が悪かったことのほうが多いとは思ってる。元夫はとにかく話し合いができない人だった。何か言うとすぐ黙るし、「今は話したくない」...
 

どんな話かというと——“とにかく全部のことを、自分が納得するまで説明してほしい”タイプの女性が、元夫や恋人未満の方とのあいだでこんなやりとりをしていた、という内容です。

 

「なんで約束を忘れたの?」→「わからない」→「『わからない』ってどういうことなの? ちゃんと私がわかるまで説明して」

——相手の答えに矛盾があれば、それもクリアにしないと気が済まない。

そんなふうに、どんどん相手を詰めていったという話です。


「自分が納得するまで説明を求めてしまう」タイプ。

みなさんの周りにも、思い当たる方がいるんじゃないでしょうか。

 

「なんで?」と詰める人に、私は何度か出会ってきた

このブログを読んで、正直ゾッとしました。

なぜなら——同じようなことを、私がされる側として何度か経験してきたからです。

 

以前のパートナーにも、お客さんにも。

理由を全部言語化して説明してほしい、

説明してもらわないと気が済まない、

説明のなかに矛盾点があればそれもクリアにしないと納得できない

と、グイグイ詰められたことがあります。

 

「全部を言葉で説明しないと、納得してもらえない」。

これ、想像以上にしんどいんですよ。

ずっと証言台に立たされているような感覚です。

 

 

言語化できない感情は、あえて言わない方がいい

人間関係には、どうしても曖昧な部分が残ります。

感情のなかにも、うまく言葉にできないものがありますよね。

 

そして、自分自身の内側にある黒い感情も。

わざわざ言語化して言わなくていいことって、あると思うんです。

言葉にしてしまうと、自分が自己嫌悪になるし、下手をしたら相手を傷つけるかもしれない。

だったら、あえて言わないほうがいい。

 

「それはこうなってるから、理解するまで、納得するまで説明してもらわないと嫌」

そう言われると、相手は逃げ場をなくします。

「説明して」は、人間関係のなかでかなり怖い言葉だと、私は思います。

 

 

すべてを説明しないと気が済まない人は、
自分も、周りも、しんどくしてしまう

 



正義感が強い人は、しんどい

「これはきちんと説明しなければ」と執拗に求めてしまう人の根っこにあるもの。

それは、どこか自分が正しいという感覚、正義感だったりします。

 

でもね、私は思うんです。

正義感って、あんまり振りかざすものじゃない。

自分の正しさに凝り固まった人は、自分自身も、そして周りの人も、しんどくしてしまいます。

 

「この人しょーもないけど、私もしょーもない」

「ちょっと曖昧な部分もある」

そういうふわっとしたものを受け入られる余白があったほうが、お互いに逃げ場所があります。

人間らしくいられる気がするんです。

 

 

20代・30代の私も、同じことをしていたかもしれない

このブログを読みながら、ふと頭をよぎったのは、

「20代・30代の私も、ひょっとしたら同じことをやらかしていたかもしれない」

ということでした。

 

20代・30代って、正義感が強くありませんでしたか? 

「自分は正しい」と信じていた頃。

「どこかが間違っている」と思ったら「正さなきゃ」と、変なものを背負い込んでいた時期が、私にもありました。

 

誰にでも「若気の至り」はあります。

あの頃の自分に言ってあげたいのは——全部説明できなくても、ちゃんと人でいられるよ、と。

 

 

年を重ねると、曖昧さを受け入れられるようになる

でも、年を重ねるにつれて、人の曖昧さや不完全さを、そのまま受け入れられるようになってきた気がします。

「わからないままにしておく余裕」が、少しずつ育ってきました。

 

すべてを説明しないと気が済まない世界は、案外狭い。

説明できないことを許す余白があってこそ、長く続く関係ってできていくんだなあと。

 

働く女性は、気づけば何かを背負い込みがち。

会社でも家でも「私がなんとかしなきゃ」という正義感が、知らないうちに自分を追い詰めることもあります。

正しさより、居心地のよさ。「間違ってないこと」より、「一緒にいられること」。

そもそも、自分の正義感が正しいとは限らない。

正義感を振りかざすことで、誰かを傷つけたり、被害を大きくすることもあるんです。

 

優れたところもポンコツな所も含めて私。

それは「お互い様」

そう思えるゆとりを持っていたいですね。