9まで丁寧、最後の1で台無し

2026/09/29

昨日9月28日から、後期の朝ドラ『ブラッサム』が始まりましたね。

作家・宇野千代さんをモデルにした物語、ヒロインは石橋静河さんです。

 

朝ドラには春始まりと秋始まりがあって、春は東京局、秋は大阪局の制作。

これ、意外と知られてないんですけど、同じ「朝ドラ」でもカラーが全然違うんですよ。

東京制作は華やかでイケメンが多い。大阪制作は渋い。

私は断然、大阪派です。

 

まだ15分1話きりなので、ストーリーの良し悪しはわかりません。

でも、画面が綺麗なんです。

大阪制作は光の使い方が本当にうまい。

明るい気持ち、不安な気持ち、懐かしさ——そういうものを全部ライティングで語ってくる。

画質の柔らかさも含めて、それを眺めているだけで満足感があります。

 

そしてオープニング。主題歌はYOASOBIさんの「咲き誇れ」。

タイトルバックで石橋静河さんが楽しそうに踊ってはるんですよ。

あれを見ただけで、わくわくする。

「今日も頑張ろう!」ってパワーが15秒に詰まってる。

これは名作になる予感がしました。

 

ダイジェストでは受け取れないもの

最近、話題作をYouTubeのダイジェストで済ませる方が増えていますよね。

Netflixの『ダウンタイム』も、ちゃんと観たら8時間かかる。

それを1時間にまとめた動画があるらしくて、「ダイジェストで観ました」という方もちらほらお聞きします。。

 

内容を知るにはいいと思うんです。でも、もったいないなあと。

 

たとえば『ダウンタイム』。

仲里依紗さん演じる遠山凜はハイブランドで自分を見せ、同時にハイブランドで自分を守ってきた人。

一方、松岡茉優さん演じる沼田文はラフでカジュアル、でもちゃんとおしゃれ。

自分自身の素材で勝負してきた人だと、服が語っている。

 

スタイリストさんの表現が、そこにあるわけです。

出てくる料理ひとつにも、関わった人の思いが乗っている。

 

無言で見つめ合う数秒にすら、制作者は魂をかけてはる。総合芸術としてのドラマを味わうのが、私は好きなんですよね。

 

9まで丁寧でも、最後の1で台無しになる

さて、ここから急に生々しい話に飛びます。

 

先週の日曜日、友人の仕事を手伝っていました。

営業用のDM発送を急ぎで発送する必要があり手伝いました。

私、わくらく通信を送っているのでDM作業は得意なんです。

 

ところが途中で言われたんです。

「そのシールの貼り方、雑や」と。

「こんな曲がって貼ってたら、受け取った人が雑な会社やと思うやろ。ここにシール貼るのはありえへん」。

こんこんと説教されまして。

ボランティアで手伝ってるのに。正直、イラッとしました。

 

10段階のうち9まではきっちりやったのに、最後の1、シールの位置だけでここまで詰められるんか、と。

その場の空気は、まあ、よくなかったです。

 

でも一晩、二晩と経って、認めざるを得なくなりました。確かにそうやな、と。

 

どれだけ丁寧に積み上げても、一箇所の雑さが全体の印象を決めてしまう。

受け取る人は、こちらの努力の総量ではなく、目の前にある一枚の封筒でこちらを判断する。

9まで丁寧にやったからこそ、最後の1が惜しいわけです。

 

そしてこれ、朝ドラの話と同じことを言っているんですよね。

 

光の当て方にこだわる。踊るヒロインの数秒に賭ける。

無言のシーンの秒数を詰める。誰も気づかないかもしれない細部を作り込むから、観る人に「なんか良いな」という言葉にならない感動が伝わる。

 

丁寧な仕事は、丁寧さそのものが伝わるんじゃなくて、感動として伝わる。

それが細部に宿るという、あまりにも当たり前で、あまりにも忘れやすい話です。

 

友人には腹が立ちましたが、まあ、正しかったので許します。
今日からシールはまっすぐ貼ります。