田舎の花火大会に学ぶ、「無料」を支える人たち

2026/08/12
現在、地元に帰省しています。

8月11日。私の地元では、この日は「花火大会の日」です。

地元の子にとっては夏休みの最大イベントで、それまでにお小遣いを貯めておく、あの独特のワクワク感。

姪っ子も、仲良しの女の子4人で行っていました(お嫁さんがそっと付き添うかたちで)。

 

そして帰り道に、しみじみ考えてしまったのです。都会の花火大会と、地方の花火大会。

同じ花火大会なのに、ビジネスモデルがまったく違うなあ、と。

 

都会の花火は「席を買う」時代になった

今年、花火大会に行かれましたか? 

8月前半には琵琶湖の花火大会がありましたし、淀川の花火大会は去年から10月開催になりましたね。

 

最近の都会の花火大会といえば、有料観覧席。

私も一度だけ、琵琶湖の花火大会で座ったことがあります。

たしか8,000円か9,000円くらい、いちばん安い席だったと思いますが、湖という「抜け」のおかげで本当にきれいに見えて、大満足でした。

 

さらに高層階のレストランで花火大会スペシャルディナー3万円コースなどもあります。

 

子どもの頃、花火は空を見上げれば無料で見えるものでした。

でも今は、警備費も人件費も高騰していて、コストは誰かが負担しないと成り立ちません。

だったら「快適に見たい人が、その分を払う」。とても合理的で、正しい進化だと思います。

 

田舎の花火は「協賛した人が、挨拶する」

一方、私の地元。有料観覧席は、あってもごく一部でしょう。基本は無料。

小学校が2つしかないような小さな町ですから、「みんなが行ける」ことにこそ意味があるのです。

 

では、そのお金はどこから出ているのか。

ここが面白いところで、地元企業の協賛なんですね。

都会の大会にも協賛はあるはずですが、決定的に違うのは──協賛した人が、マイクを握って挨拶をすること。

 

「次に上がります花火は、○○医院さまのご協賛です」

 

そして院長先生が、うちの病院は地域に支えられて云々、と一言。

観客は花火を待ちながら、「あそこ、今年もだいぶ出しはったなあ」「儲かってるんやねえ」と噂しています。

これ、下手な広告よりよっぽど効いていませんか。

 

挨拶つきの協賛が3件、名前を読み上げられるだけのものが2〜3件。

観客の忍耐力もちゃんと計算されていて、絶妙なバランスでした。

 

さらに、私たちが子どもの頃、40〜50年前は、各家庭から300円、500円と協賛金を集めていました。

出店の出店料もあるでしょう。町の花火は、そうやってみんなの少しずつで支えられてきたわけです。

 

女性経営者として、ここに学ぶことがある

私がこの話を書きたくなったのは、これがコミュニティ運営そのものだからです。

 

参加者にとって「無料」に見えるものは、無料で成り立っているわけではありません。

誰かが払っている。その設計をどう組むかが、主催者の腕の見せどころです。

全員から少しずつ取るのか、払える人に多く出してもらうのか、出店で回すのか。

私たちが交流会やセミナーを企画するときに悩むこととまったく同じですね。

 

もうひとつ。協賛企業がわざわざ挨拶をする文化は、「支援」を「見える化」する仕組みだと思うのです。

お金を出した人がきちんと名前を呼ばれ、地域に記憶される。

院長先生の挨拶は宣伝ではなく、「私はこの町の一員です」という表明です。

応援する側にも喜びが返る設計になっているから、来年もまた出そうと思える。

 

小さな会社が地域で信頼を積むとき、大きな広告費より、こういう積み重ねのほうがずっと強い。

 

それでも残ってほしい、あの温度

万博でもたくさん花火を見ました。都会の大きな大会も見ています。

最先端の技術で構成された花火は、本当に素晴らしい。

 

でも50歳を過ぎて帰る地元の花火は、また別の嬉しさがあるのです。

地元企業が支えているとみんなが知っていること。

子どもたちが自分のお小遣いで出店を回れること。

 

都会に出た人間が、ふと帰ってくるきっかけ。故郷とのつながりを切らさないための、年に一度のイベント。

だから、誰もが気軽に参加できるかたちのまま、長く続いてほしいと願っています。